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愛読書の「我が輩は猫である」。
寒月はその中に登場する人物の名だ。

寺田寅彦という、漱石の熊本での教え子がモデルになっている。
物理学者で随筆家。

寒月といえば、
「我が輩は猫である」の中で、
故郷でバイオリンを買う一幕を、先生達に語っているシーンが見所ー。
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猫の話の中で、何が一番お薦め?と聞かれたら、
「ルドルフといっぱいあってな」斉藤洋著
ってまずは思うかなー。

猫好きの私ってやつは、どうしたって、
「猫」が出てくると、ガバッと目を開けて食いついて行く性分で。
好きな作品は山ほどあって、みんなみんな愛読書。

「ルドルフといっぱいあってな」は、
「いっぱいあってな」という名の猫が、大層別格で、魅力があり、忘れられません。
ルドルフという猫が、岐阜からトラックに運ばれて、東京へ迷い込んでしまった所から始まります。
そこで「いっぱいあってな」と出会います。
「いっぱいあってな」は「タイガー」「とら」「でかとら」「捨てとら」「ボス」・・・
名前がいっぱいあります。
それは知り合う人間が勝手に名を付けますが、その人間同士が知ってる仲なわけではないから、
名が増えて行くわけです。「いっぱいあってな」は野良なんです。

童話なのですが、この中には哲学があり、社会風刺があり、信念や理想、確固たる思想があります。

これは、シリーズで3作出ていて、「いっぱいあってな」「ルドルフ」「ぶっちー」、
猫達の立場も状況も変わっていって、成長して生きます。
毒蝮三太夫さんがナレーションをやっている、絵本バージョンも最高ですー。

「いっぱいあってな」の飼い主が帰ってくる所は、何回見ても涙が・・・・・。
楽しいシーンなのですが、どうも私の琴線にれるようです。







みゆきさんがラジオで「春を感じるのはどんな時?」という質問に
「猫の肉球が暖かくなったとき」と答えたという逸話がある。
猫好きな人でないと出ないエピソードだなーって、そのとき思ったっけ。

昔、みゆきさんのオールナイトニッポンを夜更かしして聴いていた。
うっかり眠くて寝てしまった時は、猛烈に悔しくて自分を責めたっけなー。
ラジオでみゆきさんの曲が流れるのをいつも楽しみにしていた。
あるゲストが来たとき、そのゲストが帰るときにした、好きなみゆき曲のリクエストが
「狼になりたい」だった。
名曲で、鬼才と奇才を感じる曲だ。
でも、当時若かったわたしは、その曲のよさをじっくり理解してなくて、
わざわざリクエストした事が意外だった。
もっと、聴きたい曲が他にいっぱいあるのに〜〜
あの曲とかこの曲とか、どうしてこれなんだろうーって。
そのゲストが松坂慶子さんだったから、余計に意外だったのかもしれない。
その後、年が経つにつれ、この曲の良さがわかったきてからというもの、
ゲストの方を見直すわ、みゆきさんに惚れ直すわで。
吉野家の牛丼もこの曲で、食べてみたんだったっけ。

みゆきワールドは留まる所を知らず、
予測も想像もつかない、深くて広い世界をどんどん作り出してるので、
この後も驚かされる連続で、
まさに、底なしの才能の人だなーと。



漱石は迷い猫(捨て猫)を家に置いてあげて一緒に暮らしていた。
「我が輩は猫である」は、その猫の視点から描かれていて、とても面白い。
この猫が死んだとき、漱石は友人・知人に、その死亡を知らせる通知を送っている。
漱石の家には弟子や俳句仲間や、漱石を慕う人が沢山通っていたので、猫とも親しい間柄だったのである。
漱石への絵はがきに、漱石の家の猫を描いてきている者もある。
漱石自身もこの猫を描いたものをいくつも残している。
猫の絵を描いている描写が「我が輩は猫である」にも出てくるのだが、楽しくて大好きな箇所だ。
漱石はよく「我」を殺さなければ良い作品は書けない、という名言をいっているのですが、
漱石はそれを見事な程にやってのけていていつでも驚嘆ものだ
「我が輩は猫である」は自分の姿を滑稽にも映していて、ユーモラスで楽しませてくれる。

なんというか、漱石と猫の関係が素敵だ。



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